ともに生きる

家族の頑張りを、共に過ごす家族は応援するものだ。

お互いが覚悟を決めた時、支点の上で揺れる ”やじろべえ” のようにバランスが執れた状態になる。

頑張りを応援し、頑張りに耐える。それは振れ過ぎたら落ちてしまう!?

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病気に打ち勝つ法その2

生きる言葉、生きた言葉が人を生かす。

その昔、外国語の習得学習で、 「生きた言葉」 を学んだ。 身振り手振りから始まり、日常の挨拶、感謝の言葉、買物言葉、質問言葉、そして、さまざまな場面に応じた言葉。更に学問研究に至るまで。

相手を理解したい、その国を理解したい、そして自分をわかって欲しい。

全てが前向きで、発展的な学習だった。全てが自分を生かし、生きる為の言葉の習得だった。そこに否定的な言葉は存在しない。言葉を学んでいる当人に対して、現地の人も協力的・積極的に手助けをしてくれた。 「助けたい」 「分かり合いたい」 という間柄に言葉のマイナス要素は存在しない。

だから、今の自分は 「生きた」 だから 「生かしたい」

きっと全てに通じることに違いない。

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病気に打ち勝つ法

遠くに煌々と灯りが点る病棟。 人生の 「負」 の縮図を眺めている。

以前に書いた 「表裏一体」 の論理からすれば 「プラスマイナスはゼロ」 ということ。 明日は必ずやってくる。 ならば、人の生はプラスに向かっているはず。 すなわち、プラス限りなく 100 に対して、マイナス限りなく 0 が本来の人の姿。 しかし、永遠ではない人の生。 だから、考える。

「負」が「正」に転じる時は必ず来る。ひとつひとつ「負」を「正」に変えていく。

去年、子供の将来の夢は「病院の先生」になることだった。
今年、子供の将来の夢は「ナース」になること。どちらでもいい。常にマイナスをプラスに変えたいと考えているから。

更に、親は自らをマイナスにしてでも、子をプラスに転じようとする。そう、自身一人で完結する場合もあれば、世代を経て完結する場合もある。

できることなら早いに越したことはない。

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生きていること

仕事ができる喜び。
子育てができる喜び。
生きることができる喜び。

昨日誕生日を迎え、大台にまた1つ年を重ねた。「人は成長するもの!」この言葉こそ自分が年を重ね続ける力の源。

気がつかなかった幼年・青年時代。まさしく遅咲きの春をゆく。
孔子の言葉を借りれば、40にして立つだ。すると50にして惑わず、60にしてようやく天命を知るだな。そして、70にして耳従う‥‥? いずれにしても天の命は誰にでもあるということ。それを生きているうちに見つけられるかどうかだ。

毎日が「君子豹変す」の境地たらん。

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